問題が解決できなくて堂々巡り
私は、仕事のうえで、簡単な論理上の行き詰まりにぶつかることがあります。例えば、論理を積み重ねてある結論に達するのですが、どうしてもその結論がしっくりきません。そういったことに遭遇することがあります。(後で気がつくのですが、この場合、どこかに論理の飛躍があることが多い、といえます)。
あるいは、文章を書いていてどうにもうまく表現できなくなり、それから先き一歩も前に進めないことがあります。机の上で、いろいろ頭を巡らしても、にっちもさっちもいきません。
散歩の効用
そのようなとき、私は散歩に出かけることにしています。
そうすると、どういうわけか、問題が解決したり、文章がスラスラと浮かんだりします。いつもとは限りませんがしばしばそのようなことがおこります。
どうして散歩をすることで問題が解決するのか私には解りません。しかし、そのときの心の状態はどのようなものかはいえます。
散歩をすれば心はリラックスします。
心の中で問題の所在は認識していますが、問題を解決したいという欲求は隅に追いやっています。問題を解決したいという欲求は根底にありますが、そうかといって問題を解決することに決して執着はしていません。
心はリラックスし、以上のような状態にあります。このような状態のとき、心はよく働くのかもしれません。
散歩は、自分の見つけたコツであり、大袈裟にいえば宝物です。このコツが活用できるのは何も仕事に限ったことではないので、私は、何かにつけ、問題を解決するために散歩します。